2018年1月6日 「事業関連の解放」のセッションを受けました。

2018年1月6日 「事業関連の解放」のセッションを受けました。

 

2018年1月6日に、

RAS認定インストラクター®︎

藤井ちひろさんの

「事業関連の解放」のセッションを受けました。

そのあと、ちひろさんにお送りした私の感想文です。

それまで、ファシリテーターとして、

セッションをできるところまで

「解放」のセッションを

受けてはいましたが、

 

私自身の課題は、「自立」。

 

その大きな問題に、なかなか向かい合うことができませんでした。

 

まだまだ変化の途中ですが、

RAS®︎のセッションで解放すると

ハッキリとした変化が

内側と外側に起こることを

お伝えしたいと思います。

 

 

「ちひろさん。

昨夜は、

なかなか寝付けませんでした。
『あれもしたい』

『これもしたい』

『そうだ!こうしたらいいじゃないか!』

と、たくさんの楽しいことを

思いついて止まらない感じでした。

 

夏休みの前の学生のように、

自由な時間をどう過ごそうか?

と胸をときめかせる

アイデアがあふれていました。

 

 

10日ほど前に、

思いきって ちひろさんに

ご相談しましたよね。

 

あの時は、

1月6日に事業関連の解放を受けて、

すでに手放すことができるものが

グラグラと心の中で

動き出していたのに、

 

『どうしたらいいんだろう?』

と混乱していました。

 

いま、ここまでくると、

その原因が3つあったのだとわかります。

 

①今は不必要な広さの事務所を

手放せばいいのに、

あまりに手をかけ過ぎて

愛着があり、手放せない。

 

②この数年、

恐れ続けてきたことが、

いよいよ現実化しそうなのに、

それに関わる家族に

正直に話すことができない。

 

③『だれかが どうにか

してくれるんじゃぁないのか?』

『突然、大きな奇跡が起きて

助けられるカモしれない』と、

小さい子供のような

甘えた心を手放せない。

 

 

これらが私の感じていた

強い恐怖の原因でした。

 

 

自分で決めなきゃいけないのに、

逃げ続けていたせいで、

よけいに状況が悪化しているのに、

 

それを始めることで傷つく

私の外側に向けての

[プライド]が

じゃまをしていました。

 

 

私が自分で気づけるように

アドバイスしてくださって、

 

「プライドか。」と

ようやくたどり着き、

 

それでもなんだか

ハッキリしなかったので、

 

『とにかく動いてみよう。』

と思い、

以前から考えていた

『ポスティング』に出かけました。

 

 

事務所の近所に

ご挨拶がてら始めてみようと

出発しました。

 

お天気で、

はじめての体験を楽しみながら

スタートでき、

 

お庭に出ていらっしゃった方には

『ポスティングしてるんですけど、

入れさせていただいてもいいですか?』

とお声をかけて

『いいですよ』とご

返事いただくことが

嬉しくも感じていました。

 

でも、20分を過ぎるころ、

ちょうど50枚配った頃から、

心の中に違和感を感じ始めました。

 

 

「なんか、違う。」

「いま、私がやることは

ポスティングじゃない?」

 

そして、身体が

 

『事務所に帰りたい。』と

全身で、先に進むことを

止めようとしている。

と感じ始めました。

 

「なぜだろう?」

戻る途中から、気がつき始めました。

 

「事務所、ここじゃなくてもいいんだ。」

 

気がついても、

 

「でも、ここまでせっかく

キレイにして、

手をかけて大切にして来たのに

もったいない。

 

ほかにこんないいところ無いし。」

と、

 

執着心が抵抗しました。

 

胸の奥から

ワーっと溢れ出てくる

嫌な感情のモヤモヤが、

重く強くそして痛く感じて、

 

『いやだ〜〜!』と抵抗しました。

 

 

撤収作業、大変だろうし、

大家さんに何と言えばいいんだろう?

 

ほんとうに手放さなきゃいけないのか?

 

それから半日かけて、

自分の中のその感覚に向き合い、

集中して感じ続けました。

 

そうしていたら、

 

ほかのことにも気づき始めました。

 

 

家族に話さなくてはいけないこと。

 

絶対怒られる。憎まれるかもしれない。

愛しているのに憎まれるなんて、

なんて辛いんだ。

『苦しい〜〜』

 

私なんかにできるわけないじゃない。

 

誰か助けて!

『寂しい〜〜』

 

3つが重なって、

立っていることができなくなりました。

 

 

「こんな辛いことに、

私はどこまで耐えられるんだろう?」

と口にしながら、

 

胸の奥の強い痛みを感じました。

 

 

 

そして、ようやく、

ようやく、です。

「事務所は手放そう。」

ということから決断でき始めました。

 

次の日は家族に話をしました。

 

そして、

頼りたいと思っていた方には、

 

「甘えようとしていました。

私の問題なのに

自分勝手と気がつきました。

ご迷惑をおかけして

申し訳ありませんでした。」

 

と連絡しました。

 

 

 

事務所の家具などを

ぜんぶ処分するつもりだったので、

 

 

家具の買取が、あまりに安くて、

ガッカリしたり、

事務所の契約を解約する時に、

大家さんが何を言われるだろうと

勝手に難しく考えてしまったり、

 

 

これからの引越し作業の

大変さを考えるだけでも

「大変だー」と尻込みしたくなったり、

 

 

相変わらず

 

執着、プライド、頼りたい。

 

が出てきました。

 

その度に向き合い、外していきました。

 

RAS®︎のセッションで

既に外していただけたので、

 

細かい感情の浮き沈みは、

自分でお掃除できるような感じでした。

 

 

それで、ようやく土曜日の夜、

 

「事務所の家具は、

ぜんぶ 今住んでいる

住居に入るんじゃないか?」

と考え始め、

 

幸い、離れのプレハブもあるので、

 

「そこを事務所にしたらいいんだ」

と思いつき、

 

じゃあ、何をどこへ?から、

考え始めて、

どんどんアイデアを思いつき、

 

私の頭の中には、もう、

その配置は出来上がったのでした。

 

 

事務所が決まると、

ひとと関わっていく

私のイメージが湧いてきました。

 

「そうか!

あの人にお知らせしてみよう!」

と気がついたり、

 

「面白いこと始めたよ。」と、

楽しい話題ができたことを

伝えたい、

 

これまで気にかけてくださった

方々を思い出したりし始めました。

 

 

あの胸を痛めた

強烈な苦しみがあったことなど

忘れたかのように、

 

ワクワクとし始めて、

胸が熱くなってきて、

身体もポカポカし出しました。

 

 

それで、なかなか寝付けなかったのです。

 

なんで、

もっと早く出来なかったんだろう?

 

 

 

と不思議なくらいでした。

 

それを私の[プライド]が、

それだけ強く邪魔をしていたのか、

と、ようやく目が覚めたのでした。

 

 

 

「事業関連の解放」

と聞いていたので、

 

「何かを拡大させるのか?」

と思っていましたが、

やっぱりRAS®︎。

 

『手放す』ことから始めないと、

新しいものは入って来ないんだ。

 

 

「耐えられるのか?」

と感じたあの苦しみから、

 

1日経ったら、

 

こんなに変われるのか!

と驚くほどの、

 

私の内側の激変でした。

 

 

感想は
「あ〜〜 とってもしんどかった!」と
「あ〜〜 とってもしあわせ!」
です。

 

 

そりゃ、

家族からは、

強烈なヒンシュクを買い、

 

ガンガン言われもしましたが、

 

 

私の感情が解放できているので、

 

「ごもっともです。

何の言い訳もいたしません。

ほんとうにごめんなさい。

私は大バカです。」と、

 

素直に受け止めて、

感情的にならずに、

反省しながら

真摯に向き合い続けていられます。

 

 

たまに

「うっ」と罪悪感が襲っても、

 

直ぐに「私の内側」と向き合って、

どんどん消化が進んでいます。

 

 

 

以前は「汚点」と感じて

 

絶対避けたかった

「できない自分を真正面から見つめる」

こと。

 

 

そんなことをしたら、

屈辱を抱えながら

悩んで、苦しんで、

死んでしまうカモしれない

と感じていたのに、、

 

 

こんなことが出来るように

なれた自分にビックリ‼️してます。

 

 

 

昨日、

長男が、初めて面接に受かり

採用されました。

涙を流して喜びました。

これまでで、

最大のご褒美をいただきました。

 

 

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自分と向き合う

自分と向き合う

 

朝 目がさめると、まず、

「どう?」と 心に問う。

 

「いい感じよ〜〜」みたいに
言葉で返ってくるわけではない。

 

五感ではない、
もっと繊細な感覚。

 

布団を出て動き出してしまうと
失ってしまいそうな

 

のような感覚。

 

たとえて言うと、

 

「ただいまー」と
帰ってきた子供の

 

その声と、

 

「お帰りー」と
応じながら見る

 

姿と動き、

 

(ご機嫌ね。)の時もあるが、

 

(楽しいばっかりじゃ なかったんだな。)

を感じ取る時もある。

 

一瞬で受け取り

 

(そうなのね。)と思いながら

 

直接は問わない。

 

まだ、言葉にできない
モヤモヤしたかたまりなのか、

 

言ったら私にどう言われるかを
警戒しているのか、

 

子供が何か口にするまでは、
待っておく。

 

こちらから問うてしまうと
風が吹いてしまい
散ってしまう

 

霞。

 

母親が無意識に
子供に向けてやっていること。

 

 

「場の空気を読む」 というのにも
似ている。

 

自分の主観を入れずに

 

身体全体から
入ってくる情報を

『なんだ?』と
感じ取ろうとする時、

 

目にはいってくるものを
一つ一つ
考えていては
ついていけない、

 

手放し状態。

 

集中
とも違う。

 

心の感覚の網を
パッと広げて
どこかでキャッチ
しようとする
ような
センサー

 

その場を管理する者が
無意識にやっていること。

 

 

それを
外側に向けずに 内側でする。

 

 

ついこの前までは

 

心臓の横に
つめたーい石のかたまり
があるような
感じがしていた。

 

それが、
だんだん小さくなり
あたたかくなり
やわらかくなり

 

かたまりはなくなった。

 

「しなくてはいけない」
を手放し、
「したい」ことを
増やして
きたおかげ。

 

こんなことさえ
わからなくなっていた。

 

義務
責任
負担

 

の中に
埋め込んでいた「自分」を
発掘作業し始めた。

 

化石と化していた
かたく冷たい かたまりを

叩くのではなく、

 

ホコリをはらって
両手で包んで
あたためてきた。

 

こんなところにあったんだ。
私の大切な宝が。

 

気づけてよかった。

 

いまは

やわらかな熱を帯びた
小さな太陽が
あることを
感じ取れる。

 

心臓の鼓動とともに
その太陽の輝きが
全身をめぐっている。

 

でも、そのめぐりは

霞のように繊細だから
強い風に
吹き飛んでしまう。

 

悲しみ
恐怖
不安
緊張

 

ビリビリと稲妻が這う
その嵐の中でも

 

心臓の横にある
小さな太陽は
確かに ある。

 

もう、冷たい石じゃないから、

思い出したら
いつでも
そこに戻ってあたたまれる。

 

 

「ただいま!」の
顔が 晴れ晴れしているように。

 

ドッと笑いが満ちた会場の
濃くなった 空気のように。

 

輝く光の粒子が
いつまでも舞っていて
それを
からだに纏って動き続ける

 

イメージができたら
OKサイン。

 

布団を出てスタート!

 

 

 

 

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この野郎!

この野郎!

 

 

この野郎!

こんなことでいいと思っているのか!

この野郎!

こんなことやっちまいやがって!

この野郎!

こんな簡単こともできないのか!

この野郎!

こんな当たり前のことも知らないのか!

この野郎!

こんな大切なことを忘れてしまったのか!

この野郎!

こんな単純なことも考えられないのか!

この野郎!

いつまでグズグズしてるんだ!

この野郎!

こんな大事な時に何やってんだ!

この野郎!

つまりはお前になんかに

才能なんてありはしないんだ!

この野郎!

自分が特別だなんて

思ってるんしゃないのか?

この野郎!

もっとしっかりしないと

ダメじゃないか!

この野郎!

偉そうなこと言っても、

自分はどうなんだ!

 

この野郎!何に苦しんでるんだ?

この野郎!幸せじゃないのか?

この野郎!なんで動けないんだ?

 

 

この野郎!

これでいいんじゃないか?

この野郎!

こんなことできなくて

いいんじゃないか?

この野郎!

こんなこと知らなくても

いいんじゃないか?

この野郎!

こんな大切なことでも

お前が要らないなら

忘れていいんじゃないか?

この野郎!

こんなこと考えられなくて

いいんじゃないか?

この野郎!

ゆっくりしてれば

いいんじゃないか?

この野郎!

こんな大事な時だから

楽しんでいいよな!

この野郎!

やりたいことが

才能なんだよな!

この野郎!

自分は特別大事なんだぞ!

いなくなったら困るからな!

この野郎!

出来ないことやしたく

ないことは

しなくていいんだぞ!

この野郎!

自分が感じたら、

言ったらいいんだぞ!

 

 

この野郎!

 

そのまんまで いいんじゃないのか?

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子供への想い②

子供への想い②

 

私は、

この人が 好きだったんだ。

 

 

「私の生んだ子」

「年齢差」

「性別」

「問題だと思っているところ」

 

これらを全部取り払ったら

 

「好きな人」だと

気がつきました。。

 

 

純粋な気持ちで見直すと

 

 

無理をしないで自然に生きている

 

優しく落ち着いた

理想の人

 

 

現代の生活には

そぐわないかもしれないけど、

 

お金のことや

食べること

いろいろなしがらみが

ない世なら

 

 

純粋に 「好きな人」

だなー

 

今日 はじめて 気がつきました。

 

 

私が「問題」だと思っていた

いろんなできないこと。

スムーズに動けないこと。

意思が伝わりにくいこと。

 

本人が 慌てている姿に

こちらが慌てて

 

それを不快に感じて

しまっていただけ。

 

 

この人が 生きている。

ただそれだけで 

幸せじゃないか!

 

 

もし、この人が

近所に住んでいる

他人

だったら、

 

「いい感じの人だな、」と

純粋に思える。

 

何ができようが

何ができなかろうが

関係ない。

 

見ててすっと

胸に入ってくる

あたたかい感覚。

 

もし、

遠く離れていたとしても、

 

たまに会えたら、

たまには話ができたら、

 

嬉しい。

 

 

ここまで純粋に感じることが

できました。

 

 

ただ純粋に好き。

 

という

 

存在が あることを

 

 

私の子供として生まれ、

私から巣立っていくものとして、

見せてくれている。

 

 

近所に住んでる他人

では

味わえない

 

強いつながり

 

 

あらかじめ

決めていたこと のような

 

この濃い関係。

 

 

「存在」 の 意味を

常に信号として

 

光続けて

見せてくれていた。

 

ただそこにある

美しい絵のように

静かなものとして。

 

あらためて

見とれてしまう

私がいました。

 

 

この人は

戸惑っていたんだ。

 

目の前の私から

愛情は感じるのに、

 

「なんで嫌なことさせるの?」

 

したくないのに、

しなきゃいけないって

どうして?

 

 

 

「親だから」

教育しなければ!と

強い考えで

見本になろうとし、

 

「これが できなきゃ!」

「ここに 行かなきゃ!」

「いま、

これを知っておかなきゃ!」

 

たくさんの項目を

押し付けてきた。

 

 

そんなことを

一日中

考えていた。

心配していた。

 

 

ほんとうは 一日中

 

「好きだな」と

 

感じたり、言葉にしたり、

 

楽しく仲良く

もっともっと

たくさんすれば良かった。

 

 

たまーに

 

「これ、どうかな。」と

提案するくらいで

 

どうするかは

本人に任せて

 

手放ししてれば

楽しかっただろうな。

 

彼が 慌てている姿は

 

実は 私の心の中が

慌てていたのを

 

表現してくれていただけ。

 

これで いいのか?

このままいっても 大丈夫か?

周りと あまりにも違いすぎる!

こんなんじゃ きっとダメ!

 

と、

私が 慌ててしまっていた。

 

愛すれば愛するほど

心配で 不安で。。

 

 

そういう「視点」が

できてくると

 

私の父も

好きだな〜

 

私の母も

好きだな〜

 

会えば小言から始まっても、

心配かけてるな と

申し訳なく思っても、

 

すぐに思い浮かんでしまう

細々した思いを

すべて取り払ったら、

 

いい人 だな。

好き だな。

 

純粋な愛情が

ふんわりと 身を包みます。

 

この人が 生きている。

ただそれだけで 

幸せじゃないか!

 

そういうことを

感じるための

家族 なんだ。

 

あまりにも身近すぎて

あまりにも当たり前で

あまりにも空気のように自然

 

でも、

確かに存在し続けている関係。

 

 

 

 

戦争はないけれど

心の中で

戦争をしなくてはいけない

今の世の中が

 

もっともっと

平和になったなら

 

 

彼はほんとうに個性を発揮して

 

楽しく自由に才能を

 

花開かせるでしょう。

 

 

そうなるように

今、私が平和な心でいよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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RASを始めたきっかけ

RASを始めたきっかけ

 

 

RASを始めたきっかけは、

 

教えていただいたことが

「とても面白い」

と、感じたからでした。

 

 

子育て中から始まった

ひどい腰痛が

長年の悩みでした。

 

 

RASは治療とは違います。

 

 

でも、私が感じていた

腰痛の「問題」。

 

 

そのストレスのせいで

 

自由に動くことを

自分で制限していたことを、

なんとかしたいと

思っていたところでした。

 

 

PTAの役員や

何かの仕事を引き受けたり

旅行に行くことなども、

 

途中で具合が悪くなり

責任を果たせなかったり、

迷惑をかけてはいけないと

億劫になってしまっていました。

 

 

腕の良い整体師さんを

紹介してもらって 通ったり、

良い治療法があると聞けば

いろいろ試してもみました。

 

 

とにかく動かすことが

良いことと思って

 

運動も、

いろいろやってみました。

 

 

無理して動いたあとには

ギックリ腰を

何度も経験しました。

 

 

 

腰痛という

「外側」にある問題は

 

私が心で感じていた

「内側」の問題を

知らせてくれている。

 

教えていただきました。

 

「感情」??

 

 

ワクワクしたり 嬉しいと

身体がポカポカしてきたり、

足取りも軽くなってきて、

 

感情は

身体に大きな影響を

及ぼしているとは

感じていましたが、、

 

 

辛いことがあると

不安になって 体温がさがり

手先が冷えたりすることも、

感じていたので、

 

なるべくマイナスの感情は

感じないように

注意していました。

 

 

どんなことでも

「受け取り方だ」と思って

 

頼まれたら

嫌なことでも我慢して

断らないことが

良いことだと信じていました。

 

 

メンタルトレーニング

を受けると

プラスの感情の言葉で

身体に力が入るので

重たいものも重たくない!

嬉しいこともありましたが、

 

マイナスの感情に

向き合うことなどは

習ったことが

ありませんでした。

 

 

むしろ、避けたい。

 

 

そんな感情を持ってしまうこと

自体が不快。

 

そんな感情を持ってしまう

自分が嫌い。

 

 

なんでも「嫌!」 と感じずに、

 

なんでも「大丈夫ですよ~」

(^_^)

 

と、心の広い

ひとでありたい。

 

 

だから、

いったい どんな「感情」を

私は感じていたのか?

自分の感情なのに

なんで分からないのか?

 

とても不思議に思いました。

 

 

マイナスの感情を

押さえている。

 

ことが、

 

実は「大問題」でした。

 

 

「押さえている」ということは

 

感じていたのに

感じたかったのに

 

「ダメ!」と断られるようなもの。

 

 

赤ん坊が

オギャーと泣こうとしている

口を

塞いでしまって

いるようなもの。

 

 

なぜ泣くのか?の

原因を解決できなければ

泣き続ける。

 

 

 

ハッキリと言葉にできたら

わかりやすいのに。。

 

感情も

そんなところが

ありますよね。

 

 

でも、

純粋だった

赤ん坊の感情表現が、

 

成長するにつれて

複雑になり、

 

言葉にできるようになっても、

 

親の顔色を伺ったり、

友だちの驚く様子で

反省したり、

 

次第に知恵を働かせ、

 

純粋に感情を表現できなく

なってきたのも

仕方のないことでした。

 

 

 

そして、

セッションを受けて

はじめて

 

私が押さえてしまっていた

感情が何かを

 

知ることができました。

 

 

その言葉は

私からストレスを

「解放」するために

覚えておかない方が良いと

言われました。

 

 

人によって違うものです。

 

 

ギックリ腰の痛みを抱えながら

その日のセッションを

受け始めましたが、

 

終わる頃には

身体が納得したのか

ずいぶんと楽になっていました。

 

 

どういうふうに

変化が起こるのかは

人によって様々なので

「こうなります」とは

言えませんが、

 

 

私は

「感情か。面白いな。」

意外な観点に興味を持ちました。

 

 

 

押さえていたら

自分の感情なのに

わからなくなってしまう。

 

どんな感情だったのか?を。

 

 

そして

同じように「嫌だ」と

感じる出来事で

より強く感じるようになる。

 

 

でも「嫌だ」は

マイナスの感情だから

それまでどおり

押さえてしまう。

 

 

この繰り返しを

重ねていって、

どうにも押さえきれない

ところまで

行ってしまった結果が

 

 

腰痛

そして

ギックリ腰

 

 

身体が動けなくなって

頼まれごとなど

引き受けるどころか

 

こっちから

人さまに

頼まなければ

いけなくなってしまう。

 

 

赤ん坊に

戻ったみたいに。

 

「やって~~!」

 

 

 

「なんでも 大丈夫。」で

いたいのに。

 

「なんにも できない。」

 

 

 

「あー

無理しちゃいけないな。」

程度なら

それまでも反省してましたが、

 

 

なんと原因が

「感情」だった

だなんて、

 

教えていただくまで

気がつきませんでした。

 

 

 

「面白いな!」と

ワクワクしながら

 

始めることに

なったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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忘れられない日

忘れられない日

 

今日は、11月8日。

数字に弱い私が、

忘れられない日にちです。

 

20年前。娘が怪我をした日。

 

 

「なんでこんなことが

起こるんだろう?」

 

いろいろ考えました。

 

あのとき、

あそこに行かなければ?
私がきちんと見守っていなかった?
娘を何かで責めていた?
私がイライラしていた?
健康管理ができていなかった?

 

そして、

子育ての大きな「責任」を、

さらに重たく感じた出来事でした。

 

「罪悪感」

 

親は、

子供の思う通りに

させてやれないことを、

 

自分のせいだと

思うことが多いものです。

 

そして、

不意に起こった事故に対して、

 

「二度とこんなことが起きないように!」

と自分を戒め、

 

より、強く「責任」を

自分に課していく。

 

 

その体験で、生きていくために

必要なことも学びますが、

 

「責任」も「罪悪感」も、

強く感じすぎると

バランスが崩れます。

 

知らず知らずのうちに、

他のことにまで影響します。

 

それに気付かず過ごしていると、

今度は別の出来事で

「バランスがわるすぎる」

ことを知らせてくれます。

 

 

こんな仕組みだったなんて!

やっと、知ったわ。

 

 

「入院生活。面白かったね。」

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マイナスの感情につながるもの

マイナスの感情につながるもの

 

鮮やかな赤です。(^_^)

梅干し。

眺めていると、唾液が出てくる。

 

そう。

梅干しを見ると いつも

「パブロフの犬」を
思い出します。

 

チリン! という音だけで、

唾液が出てくる。

 

過去の体験の記憶があるから、

反応する。

 

梅干しだけじゃなくて、

私たちは、
いっぱい、そういうことしています。

 

頭を撫でてやろうと手を出したのに、
叩かれることを繰り返された犬が、

身を縮めて、こわがるようなこと。

 

 

「きっと、今度も、嫌な思いをするのだろう。」

 

「どうせ、丁寧に話しても、相手に通じることはないだろう。」

 

「おそらく、あんな高価なものは、一生手にすることはできないだろう。」

 

 

ものや、ひとや、場所などに

リンクを貼った状態にしています。

 

 

見えない。自分の頭の中だけに。

マイナスの感情に

つながるリンクを。

 

 

他の人は、そうではないかも。

だから、他人にはわかりません。

見えないから、

理解もしてもらえません。

 

だって、

自分さえも、

気づいていないこと、

たくさんありますから。

 

 

小さい子供を連れたお母さんが、

涙を流しているのを見たら、

「子育て、大変なんだろうな〜」と
勝手に思ってしまいますが、

自分が自分の子育てを大変だったと

思っていただけ。

 

そのお母さんは、

違う理由で泣いていて、

子育ては、

とっても楽しく幸せなのカモ。

 

子育て=大変 というリンク。

 

 

この梅干しは、

作ったひとからいただいたので、

甘いことなど絶対ない。^^;

減塩などもしていない、

辛くてすっぱ〜いのがわかっているから

唾液が半端なくでますが、、

 

 

リンクを貼ってしまったものに

気づいて外せたら、

新しい可能性に

ワクワクできるようになるカモ。

 

ですよね。

 

「なんで、そう 思ったんだろう?」

 

 

梅干しサイズのルビーは
想像したけど、、

必要ないかな。(^_^)

 

 

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