「社員教育の効果」

「社員教育の効果」

 

コラム原稿③

「社員教育の効果」

 

新入社員の研修から始まる社員教育は

パフォーマンスの向上に

欠かせないものではありますが

会議や講演会の場で高まったはずの士気が

いざ現場になると

これまでの繰り返しに戻ってしまう

ケースが多いと感じているのは

指導者的立場だけでなく

本人も自覚しています。

意識を変える必要性を

頭では理解できているのに

行動に移す段階で抵抗がある感覚。

 

「それまでの経験という記憶」が

ブレーキをかけている状態です。

 

過去の記憶は千差万別。

数字に対するストレス。

人に対するストレス等々。

過去に受けた強い不快感から

抵抗を感じて

新しい一歩を踏み出すことを

邪魔しています。

そこに焦点を当てて対応することで

ブレーキを外すことができます。

 

RAS®︎は対面式の個別セッションです。

本人が自分自身の力で本来の個性に戻り

力を発揮するまでを共に向き合う

ワークです。

 

社員教育の効果を高めるとともに

業務全体のパフォーマンス向上に

ご活用いただけます。

 

 

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弟

 

なぜなくなったのだろう?

 

ずっと考えている。

悲しみは感じ尽くしたはずなのに

なにかのキッカケで

涙が出てしまう。

 

 

どうにかしたかった。

私ができることをやり尽くしたかった。

 

 

何かできるはずだ!

絶対に!

 

 

頭が抜群にいい。

なんでも理論的に考える。

記憶力もものすごい。

正義感もとても強い。

努力家。

そしてとっても優しい。

話も面白い。

少し皮肉屋。

 

子供の頃に「医者になる」と決めて

その夢を実現させて

ひとのためになることを

一生懸命し続けていた。

 

楽しそうだった。

忙しいけれど

私が羨ましいと感じるほど

充実した顔をしていた。

 

まさか

その正義感の強さが

彼をおかしくしていくなんて。

 

忙しくなって仕事が複雑化していく。

家庭を持って仕事以外でも複雑化していく。

なのに「理想」は昔のまま。

ぜんぶをうまくこなしていく

はずだった。

でも、

それができなくなりつつある

自分に

戸惑い始めていた。

 

 

優しくあろうとして

強くありたいと目指し

ふとしたことで

ひとを傷つけてしまった自分を

許せなかった。

 

嘘をつく人に

腹を立てていた。

ついてはいけない嘘は

正したかった。

その思いが強かった分だけ

嘘をつかなくてはいけなくなった

自分を持て余した。

 

ひとのためになることが

とても大切なことだった。

オーバーヒートしてしまって

ひとのためにできなくなった

自分を責めていた。

 

 

どうしたらいいのか?

彼の豊富な知識から

求め続けていたに違いない。

ならば私は彼の知らない世界で

探してみようと思った。

 

まだ知られてはいないけど

きっとあるはずだと感じていた。

 

どこに焦点をあてればいいのかの

出口はきっとある。

 

 

二度と嘘をつくまいと

正直でいたいのに、

自分の素直な気持ちを表現

することで

傷つけてしまうことを恐れて

言いたいことが

言えなくなる。

 

弱い自分を認めたいけど

それをひとから言われると

誰も責めてはいないのに

責められているように感じて

無理をしてしまう。

 

これまで頑張ってきたんだから

できないことがあってもいいじゃない。

いっそ長期の休みを取って

なんにも考えずに休んだらいいのに。

誘ってみても

彼にはそんな選択肢は

まったくなかった。

 

ひとが問題と思わないことを

本人は深く「問題だ!」と感じている

その深さがどれほどのものか

本人でさえ気づけない時がある。

 

 

ひとの顔を見ただけで

心がうずくならそれは必ずある。

でも

うずく程度では

それこそが「問題だ!」と感じるほどに

深刻にはなれない。

 

「ほんとうはどうしたい?」が

わからなくなっていく。

「しなくてはいけない」ことに

埋めつくされていってしまう。

 

「できない自分」を受け入れるには

勇気が要る。

これまで

「努力すること」「頑張ること」で

どうにかしてきたから。

この真反対の選択肢を認められない。

「努力しない」「頑張らない」なんて。

でも、

避けようとすればするほど

その方向に向かって行く。

 

いくら言葉で伝えようとしても

伝わりきらないもどかしさは

本人が持ち続けている

頑な心情を変えられないから。

そこに

本人が気づかないと終わらない。

 

 

死因は「不明」

家族と一緒にいられなくなり、

仕事もできなくなり、

誰とも会えなくなり、

自分を持て余してしまって

おどろくほどに太っていった

末の死。でした。

 

 

 

 

「ストレス」を感じる段階で

気づいて欲しい。

 

複雑化していく生活の中で

「やりたい!」と思うことが

できなくなっているから

「ストレス」を感じることを。

 

 

それは

早ければ早いほどいい。

 

 

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「莫大な価値がある」

「莫大な価値がある」

 

甘いものは食べない。

甘えたい時には会わない。

お酒も飲まない。

こんな時は

食べすぎないようにも注意。

 

答えを見つけるまで

私は考え続けてしまう。

 

そして、

フッと気が抜けた瞬間に

 

なんだ、そうか!と

 

答えがやってくる。

 

 

強く苦しんだ分だけ

その時の幸福感も強い。

 

甘いものなんか必要ない。

甘えても答えは得られない。

お酒はまったく必要ない。

むしろ食べない方が良い時もある

 

だって

この充実感こそ

ほんとうの私が求めていたものだから。

 

 

こんなジタバタも、

一生懸命

外側をどうにかしようと

していた頃から比べたら

内側だけの

超エコな行程。

 

 

身体を酷使して、

お金をいっぱい使って、

知識をかき集めて、

がむしゃらに努力している自分を

正当化するために

ひとの評価を得ようとしていた。

 

大掛かりなジタバタ^_^;

 

 

探していた答えは

必ず内側にある。

 

 

大掛かりなジタバタと

同じくらいの大きさの

莫大な価値がある。

 

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「手放す」ことの大切さ

「手放す」ことの大切さ

過去の多くの場面で
たくさんあった選択肢の中から
選んできたものに
いま、わたしは囲まれている。

 

「やる?」「やらない?」
なら

必ず「やる!」

決めていた。

 

やらないで
出た結果に後悔したくない。

できるだけのことを
やり尽くしてみたい。

 

でも、
あとになって
「なんでこんなことしたんだろう?」

感じることもある。

 

それでも

「やってみたい!」と
強く思って始めたことは

なかなか終わらせることが
できないものでした。

 

そこに
「感情」がくっついているから。

 

外に向けてのプライド

自分は間違っていない
という「良い悪い」のジャッジ

誰かに迷惑をかける罪悪感

挫折という自己否定

そして
自分を許せない。

他人には理解できない
意味不明な行動には

 

こんなものたちが
いつのまにかくっついていて
動けなくなってしまう

 

カラクリがありました。

 

 

それは時間が経つにつれ、

注がれ続けた

のような作用をもたらす
こともあります。

 

 

たった一つの過ちに
いつまでも囚われて
どんどん自分を
傷つけていく。

 

こんな人の姿を
身近で何人も見てきました。

 

それは

どんなに頭が良くても
どんなに頑丈な身体でも
どんな地位にあろうとも

心の中の
やわらかい部分は
繊細なものです。

 

 

むしろ

「強くあらねば!」
「正しくあらねば!」と
思う人ほど

強く自分を縛って
過ちを許せない。

「なんて奴なんだ!」
「これじゃダメだ!」

 

はやく そこに気づいて!
何度も言いたい衝動を
抑えて

 

自分で気づく
「学習」を
していただくしか
ありません。

 

わたし自身も
そうやって
自分で気づいたからこそ
手放せた。

 

傷つけているのは
自分自身なんだと
自分で納得したから
行動できたのですから。

 

もっともっと気楽に
楽しく
自由に

 

「やっちゃったな〜〜」
「できない自分も許そう」
「はい!次に行こう!」と
軽いフットワークになるために

 

「手放す」ことが どれだけ大切か。

 

いっぱい
くっつけてしまっていた
「感情」を
解放できる方法が
あることを

 

もっともっと
たくさんの人に
知っていただきたいです。

 

その「感情」を

四六時中感じ続けて

自分が自分を傷つけていることが

どれだけ不幸なことであるかに

気づいていただきたいのです。

 

RAS®︎のセッションでは
ストレスの原因となる
「感情」を
身体から直接導き出します。

 

そして
自分の力で
手放していく
「学習」をすることで

 

本人にしかできない
本人だけの問題の
形を変えていく。

 

「なんでこんなことしたんだろう」

少しでも離れてみることが
できるようになると
次に進むことが
できますよね。

 

いつまでも
囚われ続けない
区切りをつけることが
どれだけ大切なことか。

 

 

新しいキャンバスに
自由な自分を描いて
毎日、まったく違う絵を
重ねていける日々って
楽しいと思います。

 

 

 

 

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2018年1月6日 「事業関連の解放」のセッションを受けました。

2018年1月6日 「事業関連の解放」のセッションを受けました。

 

2018年1月6日に、

RAS認定インストラクター®︎

藤井ちひろさんの

「事業関連の解放」のセッションを受けました。

そのあと、ちひろさんにお送りした私の感想文です。

それまで、ファシリテーターとして、

セッションをできるところまで

「解放」のセッションを

受けてはいましたが、

 

私自身の課題は、「自立」。

 

その大きな問題に、なかなか向かい合うことができませんでした。

 

まだまだ変化の途中ですが、

RAS®︎のセッションで解放すると

ハッキリとした変化が

内側と外側に起こることを

お伝えしたいと思います。

 

 

「ちひろさん。

昨夜は、

なかなか寝付けませんでした。
『あれもしたい』

『これもしたい』

『そうだ!こうしたらいいじゃないか!』

と、たくさんの楽しいことを

思いついて止まらない感じでした。

 

夏休みの前の学生のように、

自由な時間をどう過ごそうか?

と胸をときめかせる

アイデアがあふれていました。

 

 

10日ほど前に、

思いきって ちひろさんに

ご相談しましたよね。

 

あの時は、

1月6日に事業関連の解放を受けて、

すでに手放すことができるものが

グラグラと心の中で

動き出していたのに、

 

『どうしたらいいんだろう?』

と混乱していました。

 

いま、ここまでくると、

その原因が3つあったのだとわかります。

 

①今は不必要な広さの事務所を

手放せばいいのに、

あまりに手をかけ過ぎて

愛着があり、手放せない。

 

②この数年、

恐れ続けてきたことが、

いよいよ現実化しそうなのに、

それに関わる家族に

正直に話すことができない。

 

③『だれかが どうにか

してくれるんじゃぁないのか?』

『突然、大きな奇跡が起きて

助けられるカモしれない』と、

小さい子供のような

甘えた心を手放せない。

 

 

これらが私の感じていた

強い恐怖の原因でした。

 

 

自分で決めなきゃいけないのに、

逃げ続けていたせいで、

よけいに状況が悪化しているのに、

 

それを始めることで傷つく

私の外側に向けての

[プライド]が

じゃまをしていました。

 

 

私が自分で気づけるように

アドバイスしてくださって、

 

「プライドか。」と

ようやくたどり着き、

 

それでもなんだか

ハッキリしなかったので、

 

『とにかく動いてみよう。』

と思い、

以前から考えていた

『ポスティング』に出かけました。

 

 

事務所の近所に

ご挨拶がてら始めてみようと

出発しました。

 

お天気で、

はじめての体験を楽しみながら

スタートでき、

 

お庭に出ていらっしゃった方には

『ポスティングしてるんですけど、

入れさせていただいてもいいですか?』

とお声をかけて

『いいですよ』とご

返事いただくことが

嬉しくも感じていました。

 

でも、20分を過ぎるころ、

ちょうど50枚配った頃から、

心の中に違和感を感じ始めました。

 

 

「なんか、違う。」

「いま、私がやることは

ポスティングじゃない?」

 

そして、身体が

 

『事務所に帰りたい。』と

全身で、先に進むことを

止めようとしている。

と感じ始めました。

 

「なぜだろう?」

戻る途中から、気がつき始めました。

 

「事務所、ここじゃなくてもいいんだ。」

 

気がついても、

 

「でも、ここまでせっかく

キレイにして、

手をかけて大切にして来たのに

もったいない。

 

ほかにこんないいところ無いし。」

と、

 

執着心が抵抗しました。

 

胸の奥から

ワーっと溢れ出てくる

嫌な感情のモヤモヤが、

重く強くそして痛く感じて、

 

『いやだ〜〜!』と抵抗しました。

 

 

撤収作業、大変だろうし、

大家さんに何と言えばいいんだろう?

 

ほんとうに手放さなきゃいけないのか?

 

それから半日かけて、

自分の中のその感覚に向き合い、

集中して感じ続けました。

 

そうしていたら、

 

ほかのことにも気づき始めました。

 

 

家族に話さなくてはいけないこと。

 

絶対怒られる。憎まれるかもしれない。

愛しているのに憎まれるなんて、

なんて辛いんだ。

『苦しい〜〜』

 

私なんかにできるわけないじゃない。

 

誰か助けて!

『寂しい〜〜』

 

3つが重なって、

立っていることができなくなりました。

 

 

「こんな辛いことに、

私はどこまで耐えられるんだろう?」

と口にしながら、

 

胸の奥の強い痛みを感じました。

 

 

 

そして、ようやく、

ようやく、です。

「事務所は手放そう。」

ということから決断でき始めました。

 

次の日は家族に話をしました。

 

そして、

頼りたいと思っていた方には、

 

「甘えようとしていました。

私の問題なのに

自分勝手と気がつきました。

ご迷惑をおかけして

申し訳ありませんでした。」

 

と連絡しました。

 

 

 

事務所の家具などを

ぜんぶ処分するつもりだったので、

 

 

家具の買取が、あまりに安くて、

ガッカリしたり、

事務所の契約を解約する時に、

大家さんが何を言われるだろうと

勝手に難しく考えてしまったり、

 

 

これからの引越し作業の

大変さを考えるだけでも

「大変だー」と尻込みしたくなったり、

 

 

相変わらず

 

執着、プライド、頼りたい。

 

が出てきました。

 

その度に向き合い、外していきました。

 

RAS®︎のセッションで

既に外していただけたので、

 

細かい感情の浮き沈みは、

自分でお掃除できるような感じでした。

 

 

それで、ようやく土曜日の夜、

 

「事務所の家具は、

ぜんぶ 今住んでいる

住居に入るんじゃないか?」

と考え始め、

 

幸い、離れのプレハブもあるので、

 

「そこを事務所にしたらいいんだ」

と思いつき、

 

じゃあ、何をどこへ?から、

考え始めて、

どんどんアイデアを思いつき、

 

私の頭の中には、もう、

その配置は出来上がったのでした。

 

 

事務所が決まると、

ひとと関わっていく

私のイメージが湧いてきました。

 

「そうか!

あの人にお知らせしてみよう!」

と気がついたり、

 

「面白いこと始めたよ。」と、

楽しい話題ができたことを

伝えたい、

 

これまで気にかけてくださった

方々を思い出したりし始めました。

 

 

あの胸を痛めた

強烈な苦しみがあったことなど

忘れたかのように、

 

ワクワクとし始めて、

胸が熱くなってきて、

身体もポカポカし出しました。

 

 

それで、なかなか寝付けなかったのです。

 

なんで、

もっと早く出来なかったんだろう?

 

 

 

と不思議なくらいでした。

 

それを私の[プライド]が、

それだけ強く邪魔をしていたのか、

と、ようやく目が覚めたのでした。

 

 

 

「事業関連の解放」

と聞いていたので、

 

「何かを拡大させるのか?」

と思っていましたが、

やっぱりRAS®︎。

 

『手放す』ことから始めないと、

新しいものは入って来ないんだ。

 

 

「耐えられるのか?」

と感じたあの苦しみから、

 

1日経ったら、

 

こんなに変われるのか!

と驚くほどの、

 

私の内側の激変でした。

 

 

感想は
「あ〜〜 とってもしんどかった!」と
「あ〜〜 とってもしあわせ!」
です。

 

 

そりゃ、

家族からは、

強烈なヒンシュクを買い、

 

ガンガン言われもしましたが、

 

 

私の感情が解放できているので、

 

「ごもっともです。

何の言い訳もいたしません。

ほんとうにごめんなさい。

私は大バカです。」と、

 

素直に受け止めて、

感情的にならずに、

反省しながら

真摯に向き合い続けていられます。

 

 

たまに

「うっ」と罪悪感が襲っても、

 

直ぐに「私の内側」と向き合って、

どんどん消化が進んでいます。

 

 

 

以前は「汚点」と感じて

 

絶対避けたかった

「できない自分を真正面から見つめる」

こと。

 

 

そんなことをしたら、

屈辱を抱えながら

悩んで、苦しんで、

死んでしまうカモしれない

と感じていたのに、、

 

 

こんなことが出来るように

なれた自分にビックリ‼️してます。

 

 

 

昨日、

長男が、初めて面接に受かり

採用されました。

涙を流して喜びました。

これまでで、

最大のご褒美をいただきました。

 

 

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「断食」とRAS®︎ 似ていると感じます。

「断食」とRAS®︎ 似ていると感じます。

5年前から「断食」を
始めました。

キッカケは「酵素」を
知ったことでしたが、
とにかく、その爽快感に
ハマってしまいました。

 

それまでは
「身体に良いものを摂る」
という視点からしか
食べることを考えていませんでした。

 

玄米食やたくさんの野菜料理。
新しいものも
とりあえず試してみる。

 

たっぷり食べているのに
まだ、調子が思わしくないと

 

サプリメントやドリンク類

運動も
ヨガや太極拳やバレエ
ベリーダンス
ジョギング
テニス

 

でも、中年太りの体型は
あまり変わらず
腰痛も抱えたまま。

 

食べたあと
片付けするのが億劫なくらい
疲れていることも
感じていました。

 

朝、起きるのもしんどい。

 

そんなとき、
またまた知り合った方が
断食を体験なさっておられ
「50年、毎日食べ続けたんだから
その体型なら
1週間くらい食べなくても
大丈夫。と、思わない?」
と言われ、納得して始めました。

 

はじめは慎重に
ガイドブックのとおりに進め
3日目からの
目覚めの軽さに
驚きながら楽しみました。

 

時差ボケがなくなったり、
筋肉痛がなくなったり、
味覚や匂いに敏感になったり、
なにより心が軽くなったようで、
若返ったのか?と
ワクワクしました。

 

半年くらいで
体重がかなり減って
服のサイズが変わりました。

 

「食べすぎ
だったんだな〜〜」と
やっと気がつきました。

 

「身体のためには
キチンと食べなきゃいけない」と
子どもたちにも言っていました。

で、
食べすぎで、眠たくなっていました。

 

その頃は
身体の声を聴く
ということに鈍感ですよ!と

 

不調が教えてくれていたのでした。

 

頭で考えるのではなく
身体に聞いてみる。

 

食べたい!と感じる時に
何が欲しいのか?

 

食材を選ぶことも
大切ですが、

 

どれくらい食べるといいのか
感じることが
大切ですよね。

 

そうやって
自分だけのペース。

 

お食事時間でも

その度に
「どう?」と身体に聴いてみて

食べたあとも
「これくらいでいいかな?」と

様子をみて、
自分で確かめていくと

 

こんなに少なくていいんだ。
という時があったり、

 

今は、なんで
たくさんの甘いものが
欲しいのかしら?と

じっくり自分を見つめることが
できるようになってきます。

 

 

そういう意味では
断食はRAS®︎に似てるな。と
思います。

 

心にいっぱいある「感情」

 

頭で考えているだけだと
気がつかないことが
残っていて

本当はどうしたいのか?が
わからなくなってしまうことが
あります。

 

セッションで、身体と対話して
不要なものを「解放」すると
心が軽くなります。

 

「やらなきゃいけない」と
思い込んでいたことに
ストレスを感じていた。

 

それを紛らわすために
甘いものをいっぱい食べたり、
お酒をいっぱい飲んだり、
満腹になろうとしていた
のカモしれません。

 

食べることからの
身体のサイン。

 

 

「そうかも!」と感じたら
RAS®︎のセッション
いらしてみてください。

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自分と向き合う

自分と向き合う

 

朝 目がさめると、まず、

「どう?」と 心に問う。

 

「いい感じよ〜〜」みたいに
言葉で返ってくるわけではない。

 

五感ではない、
もっと繊細な感覚。

 

布団を出て動き出してしまうと
失ってしまいそうな

 

のような感覚。

 

たとえて言うと、

 

「ただいまー」と
帰ってきた子供の

 

その声と、

 

「お帰りー」と
応じながら見る

 

姿と動き、

 

(ご機嫌ね。)の時もあるが、

 

(楽しいばっかりじゃ なかったんだな。)

を感じ取る時もある。

 

一瞬で受け取り

 

(そうなのね。)と思いながら

 

直接は問わない。

 

まだ、言葉にできない
モヤモヤしたかたまりなのか、

 

言ったら私にどう言われるかを
警戒しているのか、

 

子供が何か口にするまでは、
待っておく。

 

こちらから問うてしまうと
風が吹いてしまい
散ってしまう

 

霞。

 

母親が無意識に
子供に向けてやっていること。

 

 

「場の空気を読む」 というのにも
似ている。

 

自分の主観を入れずに

 

身体全体から
入ってくる情報を

『なんだ?』と
感じ取ろうとする時、

 

目にはいってくるものを
一つ一つ
考えていては
ついていけない、

 

手放し状態。

 

集中
とも違う。

 

心の感覚の網を
パッと広げて
どこかでキャッチ
しようとする
ような
センサー

 

その場を管理する者が
無意識にやっていること。

 

 

それを
外側に向けずに 内側でする。

 

 

ついこの前までは

 

心臓の横に
つめたーい石のかたまり
があるような
感じがしていた。

 

それが、
だんだん小さくなり
あたたかくなり
やわらかくなり

 

かたまりはなくなった。

 

「しなくてはいけない」
を手放し、
「したい」ことを
増やして
きたおかげ。

 

こんなことさえ
わからなくなっていた。

 

義務
責任
負担

 

の中に
埋め込んでいた「自分」を
発掘作業し始めた。

 

化石と化していた
かたく冷たい かたまりを

叩くのではなく、

 

ホコリをはらって
両手で包んで
あたためてきた。

 

こんなところにあったんだ。
私の大切な宝が。

 

気づけてよかった。

 

いまは

やわらかな熱を帯びた
小さな太陽が
あることを
感じ取れる。

 

心臓の鼓動とともに
その太陽の輝きが
全身をめぐっている。

 

でも、そのめぐりは

霞のように繊細だから
強い風に
吹き飛んでしまう。

 

悲しみ
恐怖
不安
緊張

 

ビリビリと稲妻が這う
その嵐の中でも

 

心臓の横にある
小さな太陽は
確かに ある。

 

もう、冷たい石じゃないから、

思い出したら
いつでも
そこに戻ってあたたまれる。

 

 

「ただいま!」の
顔が 晴れ晴れしているように。

 

ドッと笑いが満ちた会場の
濃くなった 空気のように。

 

輝く光の粒子が
いつまでも舞っていて
それを
からだに纏って動き続ける

 

イメージができたら
OKサイン。

 

布団を出てスタート!

 

 

 

 

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この野郎!

この野郎!

 

 

この野郎!

こんなことでいいと思っているのか!

この野郎!

こんなことやっちまいやがって!

この野郎!

こんな簡単こともできないのか!

この野郎!

こんな当たり前のことも知らないのか!

この野郎!

こんな大切なことを忘れてしまったのか!

この野郎!

こんな単純なことも考えられないのか!

この野郎!

いつまでグズグズしてるんだ!

この野郎!

こんな大事な時に何やってんだ!

この野郎!

つまりはお前になんかに

才能なんてありはしないんだ!

この野郎!

自分が特別だなんて

思ってるんしゃないのか?

この野郎!

もっとしっかりしないと

ダメじゃないか!

この野郎!

偉そうなこと言っても、

自分はどうなんだ!

 

この野郎!何に苦しんでるんだ?

この野郎!幸せじゃないのか?

この野郎!なんで動けないんだ?

 

 

この野郎!

これでいいんじゃないか?

この野郎!

こんなことできなくて

いいんじゃないか?

この野郎!

こんなこと知らなくても

いいんじゃないか?

この野郎!

こんな大切なことでも

お前が要らないなら

忘れていいんじゃないか?

この野郎!

こんなこと考えられなくて

いいんじゃないか?

この野郎!

ゆっくりしてれば

いいんじゃないか?

この野郎!

こんな大事な時だから

楽しんでいいよな!

この野郎!

やりたいことが

才能なんだよな!

この野郎!

自分は特別大事なんだぞ!

いなくなったら困るからな!

この野郎!

出来ないことやしたく

ないことは

しなくていいんだぞ!

この野郎!

自分が感じたら、

言ったらいいんだぞ!

 

 

この野郎!

 

そのまんまで いいんじゃないのか?

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蝶になる

蝶になる

 

このままでいいのか?

 

ふと、不安に感じる時がありました。

 

日本の食卓は
世界中から集まってくる
多くのものにあふれています。

 

子どもの頃、
バナナの出現に驚いたことを
よく覚えています。

 

遠い南国のフルーツが
目の前に来たことの不思議さ。

 

濃厚な甘さに
砂糖とは違う魅力を感じて
たくさん食べたいものだ。と
思ったものです。

 

高校生の時は「ピザ」

 

東京の友人宅に
泊めてもらいながらの
1週間の東京見物で

 

レストランのメニューで
はじめて目にしたピザの字に
「なんだろう?」と注文して

 

その美味しさに感激し、
自宅に帰ってから
探してみたら、
冷凍ものが
買えることがわかりました。

 

大学時代はバブル期。

 

大量の輸入ものの出現や
飲食店が増えていくことを
目をまるくしながら
眺めていました。

 

 

身体の弱い長男を
子育てし始めて

初めて
輸送のための防腐剤や
防虫のための
大量の薬が使われて
それが残留したものを
食べていて

その影響を受けたのだと
知りました。

 

 

毎日通うスーパーには
生鮮野菜であっても
大規模農家で作られた
遠い土地のものが多くなり

あまり美味しくないものを
栄養があると信じて
買っていました。

 

食べ物だけでなく、

衣服も、
日用品も、
乗り物も、
家具も、
建物も、
医療も医薬品も、

 

パソコンや電気製品も、

 

そしてエネルギーも、

 

こんなに買って
こんなに使って。

 

子どもたちが学校に入ると
教育現場も
大きく様変わりしていることに
驚きました。

 

田んぼのなかの道を通り
季節を肌で感じながら通学し、
石炭ストーブのまわりで
お弁当をあたためながら
友だちと遊ぶことが
一番楽しい日々。
下校してからも
また、遊びに出て
おたまじゃくしを探したり
干された稲穂に埋もれたり。

 

そんな育ち方をした私は

 

道路を歩くことさえ
危なくて目が離せない
近所で自由に遊び回れない
子どもたちの置かれた環境に
産んだものとしての責任と
大きな戸惑いで
混乱しました。

 

家の中で楽しめるもの?

 

どこかに連れていって
生き生きとできる場所なんて
あるのか?

 

習い事を増やしたり、
オモチャやゲームを買ったり。

 

たまに景色の良い
山や公園に連れて行きましたが
車に乗って遠くに行かないと
なかなか良いと思える場所は
ありませんでした。

 

こんなことでいいのか?と
思いながらも
なぜか立ち止まれない。

 

人間ひとりが生活するのに
どれだけのものが必要なのか?

 

それよりもっと
大切なことが
あるんじゃないのか?

 

増え続けていくことを
疑問に思いながらも

ただ情報を集めて
良いと思えることを
選んでいくようにする
ぐらいしかできなかった。

 

いつかは、
見直さないといけない
だろう。

それは、
いつかは分からないけど。

 

どうなるんだろう?
子どもたちの生きる未来は?

 

 

いまの私たちは 芋虫。

 

体重の何倍もの葉を
黙々と食べ続けている。

 

何でもかんでも口に入れ
試してみないとわからない。

 

ムシャムシャと
ものすごい勢いで

 

手当たり次第に

 

葉の本体の
木を枯らしそうな
勢いで
突き進んでいる。

 

環境破壊。

 

わかっていても
自らの役割を果たすしかない。

 

命を守るのはイモムシの仕事。

 

ある日、突然 ストップ。

 

あらかじめ
決まっていたかのように
静かになる。

 

死んでいるように
固まってしまった中で
奇跡が起こっている。

 

極限まで太らせた
その身体自体を溶かして

 

まったく別のものへと
変化を始める。

 

 

古いものと新しいものが
共存している間に

命を守るのは
イモムシの仕事だった。

 

だから、

 

イモムシを嫌っても解決にならない。

 

蝶が好きなら
イモムシを踏みつぶしたりしない。

 

 

まったく違うものへ
自分の中から変わろうとする。

 

自分で気づいて
変わることができる。

 

新しい循環が始まる。
多くのものの仕組みが変わる。

 

その奇跡が
起こることを
知っているから

 

いまは、
これでいいんだと

 

安心しています。

 

このままで、いいんだ。と。

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「答え」は本人が持っているから

「答え」は本人が持っているから

私が資格をいただいた

RAS認定ファシリテーター®

 

自分の本質を生きることを

妨げる「感情」を

解放し終わっています。

 

それは、一番大切なこと。

 

自分の本質とのつながり

スムーズでないと

 

セッションは

できないからです。

 

 

クライアントの

「筋反射」という

身体の反応を

 

正確に読み取るためには

 

 

ファシリテーター自身の

内側が

整っていることが

最大の資格

となります。

 

 

私の「感情」が

邪魔をしてはいけないから。

 

✴︎見た目や年齢からの

先入観を持たないこと。

 

✴︎「こうしたら良いんじゃないのか?」

と、

判断しないこと。

 

 

✴︎「こうなって欲しいな。」

と、

願望を加えないこと。

 

✴︎「こうしてあげたい。」

と、

助けようとしないこと。

 

これらは全て

正確な読み取りの

邪魔をする。

 

筋反射を取る意味が

なくなってしまいます。

 

 

「答えは本人が持っている」

 

それ以外にはありえない。

 

 

それまでの人生での

環境や体験の積み重ね

 

そして、

これからの人生に必要なことは

 

誰一人として

 

同じものは無いから。

 

 

本人だけが

持っている答え。

 

 

とても純粋な

そして単純な仕組み。

 

 

ただ淡々と

「YES」「NO」の反応を

必要な手順を踏んで

 

通訳するだけです。

 

 

でも、

私も人間ですから、

 

日々の生活で

いろんなことが起こります。

 

 

「なんでこれ嫌いなんだろう?」

という小さなことから

「右の脇腹が痛い!」

「車をぶつけた!」

「うまく行かないな~」

揉め事や、

悲しいことも。

 

まだまだたくさんの

体験を積み重ねていきます。

 

 

その度に

 

自分の中にある答えを

探しに行きます。

 

全てです。

 

全ての出来事に

意味があるから

感じるから。

 

 

「答えは本人が持っている。」

 

 

その作業を

繰り返しながら、

自分自身で出来事を

作り出していることが

わかってきます。

 

そう「感じて」いるだけ。

ストレスと感じて いるだけ。

 

 

私がこうして

繰り返している

「自分と向き合う」

 

ことを

 

本人ができるようになる。

 

そのための

セッションです。

 

 

たとえお悩みの内容に

似たような体験をしていても

セッションの中では

アドバイスすることは

できません。

 

本人が

本人の力で

たどり着けなければ

意味がないからです。

 

本人だけが

たどり着ける力

 

 

その力を信頼しているから

セッションの意味があります。

 

 

どうしようもないと

行き詰まっている

ポイントだけを

本人の身体から

読み取ること。

 

 

これが、とても大切。

 

 

クイズの答えを知るよりは

「なんだろう?」

 

考える過程を楽しむことに

似ていますよね。

 

 

大切なのは過程です。

結果だけならジャンケンでいい。

(羽生善治)

 

この言葉。

好きなんです。

 

 

はやく答えが知りたくても、

 

クイズのように

万人共通の答えではないから

 

だからこそ

筋反射。

 

それを読み取る

セッションです。

 

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